名探偵じゃなくてもの感想
小西マサテル氏の「名探偵じゃなくても」を読んだ。 前作、「名探偵のままでいて」の続編になる。前作の感想は下記記事参照。
作品全体の感想
前作同様、かなりライトな仕上がりになっていて、ミステリに馴染みのない人でも気軽に読める分量、内容になっている。インパクトの弱さに関しては相変わらず残っているが、文字数を(恐らく意図的に)絞っている関係上、バーターで致し方がないか。
ヒッチコック映画とそれに関する話題をばっと並べることでより、一般層向けにチューニングされた印象が強い。そして、謎を呼び込むために警察関係者を出すなどかなり苦心している模様が見受けられる。日常の謎だけでは、話をふくらませるのが難しいのだろう。
物語としての面白さは落ちていないし、前作を知らない人でも充分に読んで楽しめる作りになっているので、初心者向けミステリとしてよいのではないだろうか。ネタバレになるが、簡易的な叙述トリックも仕掛けられているので、知らない人は驚くに違いない(僕は読み慣れているので、すぐに気がついた)。
リドル・ストーリーは続く
さて、主人公の楓がどちらの男性に好意を寄せているのかという点に関しては、目的を持って曖昧に描かれている。そして、それに対する回答をあえて書いていない事によって、読者に想像させるように仕向けている。
すでに主人公がどちらかを好きになっているのは確定だが、明言はされていない。 なので、地の文含め色々拾っていくしかない。
- 居酒屋で3人でスマホに録音しようとする時に顔を近づけた時、ドギマギする
- 四季の舞台を見に行った時、岩田と小指が接触し、ドギマギする
- 岩田からプロポーズめいた言葉を言われる(その後、九鬼からの襲撃を受ける)
- スマートフォンで「メリークリスマス(=愛してる)」を言われる。電話越しに子猫の甘える鳴き声
楓の心情を推察できるのはこの辺くらいだ。さて、これらの材料からある程度の組み立てをしていこう。
居酒屋でのやり取りに関して、本文中にヒントはほとんどない。
楓は吐息を感じ、瞬間右手で胸を押さえて目を閉じた
と書いている。正面に岩田が座っているのが確定で、隣に四季が座っているかどうかがちょっと怪しいが、多分四季が隣に座っている。 位置関係からの推察だが、正面から吐息を感じるというのは少し違和感がある。よほど顔を突き合わせないと感じられないだろう。そして、流石にそこまでのパーソナル距離にスマホ録音するぐらいで近づくかというとかなり、疑問になる。そう考えると、隣に座っていてる人の吐息を感じたという方が距離的に無理がない。これらのヒントから、居酒屋での一件は、四季の吐息にドギマギしたと推察できる。
次の、岩田との小指接触で感情が動いたシーンを読む限り、物理接触により感情が揺り動かされた描写になっている。居酒屋でのシーンから考えると、四季に傾いているのかなと思いきや岩田なのかと考えさせられる。あまりにもダイレクトすぎる表現なので、うーむと唸ってしまう。
岩田からのプロポーズでのシーンは、アクションシーンで上書きされてしまい、楓の感情は描写されていない。ぐぬぬ。
そして、最後の電話のシーンでは猫がいる事から四季の方だ!と思わせる書き方になっているが、そこまで単純な話ではない。というのも、その少し前で岩田が子猫のCATを預かってるシーンがあるので、岩田の可能性がゼロではない。
とはいえ、この電話のシーンが決め手であるため、詰めるとしたらここだろう。まず、性格的な点。岩田と四季、どちらが電話経由でメリークリスマスと言うか。こちらに関しては圧倒的な説得力を持って四季の方が言いそうである。あまりにもキザったらしい台詞回しを岩田がするとは思えない。そして、猫が甘えた声を出しているとある。どちらに懐いているかは判断が難しい。岩田のほうに短期間で懐いて甘えるのか、それとも自分を保護してくれた四季の方に甘えるのか判断できない。僕は猫を飼ったことがないからだ。とはいえ、短期間で甘える声を出すというのはいささかご都合がすぎるので、最初に保護した四季の方に甘えるほうが説得力があると思っている。
これらの事を総合すると、恐らく楓の心を捉えているのは四季であると僕は結論する。
考えてみると、身体を張って四季が守ってくれた事とかも含めて、読者への説得力を本書は積み重ねていた事が分かる。岩田との小指接触はいわゆる「ミスリード」に近いか、あるいはまだ揺れている楓の気持ちの描写なのかどちらなのか分からない。しかしながら、本書では明らかに四季への好感度を上げるための描写が散りばめられいて、僕のようなバカでも分かるように書かれている。
これで騙されたとしても、個人的にはキャラとして岩田が好きなので、喜べると思う。四季はなんていうか、作り物感が強くて……。
名探偵役
名探偵役は、楓の祖父。楓からは「おじいちゃん」と呼ばれている。レビー小体型認知症を患っていて、その進行がどんどん進んでいるのが劇中で描かれている。前作の時からその兆候があったが、今作は物語が進むに連れてどんどん悪化しているのが描写されていて辛い。
幻視が進行している中、それでも理知を使って事件全体の絵を描く=推理する事に関しては衰えを見せない。ただ、この活躍は後どれくらい見れるのだろうかと不安になるほどボロボロになっているのが描かれている。
物語の主人公は楓であるため、最終的にはおじいちゃんの喪失イベントが避けられないが、それを乗り越えて前に進む、そういう形で話が終わる気がする。というより、もし次巻が出たらそれが最終巻になるかもしれない。そう感じさせるような終わり方だった。
本書は、結構ご都合主義的に話が進んだり、強引な推理があったりするのだが、名探偵の症状進行に関しては非常に冷徹な描写がされている。それだけ作者がこの失っていく部分に細心の注意を払って書いている事が伝わる。それをあまり感じさせないのは、事件が爽やかに解決されているからだろう。これで、陰鬱な結果だったりすると、読後感が最悪になっていたに違いない。
書き下ろしとの事なので、次巻がいつ出るのかまったく予想できないが、もし出たならばまた買って読みたいと思う。できればその時に「答え合わせ」ができたら良いなと思う。というか、これ以上は引っ張れないでしょ……(´・ω・`)
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