オメガ城の惨劇ネタバレあり感想 久々の読書感想文である。ネタバレあり感想なので、ネタバレを踏みたくない人は、お戻り下さい。 真賀田四季サーガについて語る まず、このオメガ城の惨劇は後付でGシリーズ最終巻となった、ちょっとした異色作である。もともとシリーズ外作品の位置づけだったのだが、様々な事情によりそうなったのだろう。S&Mシリーズ、Vシリーズ、四季シリーズ、Gシリーズ、Xシリーズ、百年シリーズなどなどいわゆる 真賀田四季サーガ を初めて読んだのは、「すべてがFになる」で、本屋で平積みにされていたのを何気なく買ったのがきっかけだった。当時の僕は二十代前半。今から二十年以上前の話になる。そう考えると、真賀田四季サーガは本当に長いシリーズだったなと思う。もっとも、S&M、V、四季の各シリーズは割とすぐに書き終えられたので、そこまで慌てるようなものではなかった。だが、 Gシリーズ だけは違った。これは、完結までかなり時間が掛かったシリーズだと思う。真賀田四季という天才の影響を薄っすらと描き続けるGシリーズは、それまでの森博嗣ファンからすると、この物語の結末はどうなるのだろうという興味が惹かれるシリーズだったと言える。しかし、あまりにも完結までに時間が掛かったため、その興味を最後まで保ち続けられる人はそういなかったと思う。かくいう僕自身がそうなのだから、僕以上に忘れてしまっている人たちもいるだろう。 森ミステリについて 森ミステリは、最初は典型的なミステリの お約束 に則った作品群だったが、だんだんとそのお約束から逸れて行く傾向があった。特にGシリーズはそれが顕著だったといえる。ネットを検索すると、アンチ・ミステリーシリーズだと考察している人もいて、僕もその考察に賛成だ。Gシリーズは前半と後半の2つに分けることができて、前半は、φ~γまでが前半、後半は、χ、ψ、ωの三部作で完結という形になっている。Gシリーズは前半は、基本は加部谷恵美主人公で、後半は様々なキャラクタが主役を張るという差があり(まあ、時代が違っているので、差があるのは当然だが)、キウイγのあの結末が、実質的にGシリーズの最終回だったのだなと改めて感じることが出来た。あのビターな終わり方は、森ミステリらしい終わり方だなと思っている。森ミステリは、分かりやすいハッピーエンドを避ける傾向が...
ゲームにおける攻めと受け 僕がこれまでにハマったゲームのうち、 将棋 ポケモン パズドラ というゲームにはそれぞれ 攻め と 受け という概念がある。これについて今日は色々と語ろうと思う。ただの雑がたりだ。 受け ゲームを学びたての僕は、性格的に受けを重視する傾向にある。相手の攻め筋をすべて読みきった上で受け切るというのが、自分の性にあっているのだ。これは、生来の性格なので致し方がない。とは言え、受けというのは攻めることよりも難しい概念である。 攻めの場合、読み筋は一点突破できればいいので、様々な選択肢を読む必要はない。一本道で深く読み込んで相手を上回ればいいからだ。しかし、受けの場合はそうはいかない。あらゆる攻め筋を全て読みきる必要がある。広く、深く読んで読みぬけがあったら、そこで負け決まる。そのため、精神的なダメージは非常に大きい。受けが得意な人は、精神面でかなり鍛えられている人以外には向いていないと思う。 攻め 僕が遊んでいる、将棋も、ポケモンも、パズドラも、どのゲームも今は攻めが重視されている。というより、攻める方が受けるより有利な状況がずっと続いている。 例えば、将棋。相手の攻撃を全部受けきって、自分はぼちぼちと確実な攻めで行くというのは平成後期の将棋までに許された牧歌的なもので、令和の現在攻め合いのタイミングを見計らって、どれだけ上手く体をかわすかという将棋が断然増えている。それほど、攻めが精錬されている。これは将棋AIの発達により生半可な受けは通用しなくなっているという事であり、それはここ10年間積み上げてきたものであり、この流れは切り替えられないと思う。そして、将棋というゲームそのものが、攻めた方が勝ちという結論が出そうになっている。それぐらい、攻め志向なゲームに変わり果ててしまっている。 これはトッププロの話であって、アマチュアはというと、受けも攻めもバランスの良い人たちが切磋琢磨していて、受け将棋もまだ一定数存在しているが、段々とそれも駆逐される可能性が高いと僕は思っている。 例えば、ポケモン。最近、ポケモンチャンピオンズで久々に対戦環境に復帰した。めっちゃ楽しい。楽しいのはともかく、当初は相手の攻撃を受け止めた上で、相手以上の火力で殴って制圧するというのが楽しかったのだが、どうもポケモンという対戦ゲームはそう簡単に...