私小説「お金が無くなる日」
朝の六時三十分。いつも通りの時間に俺は目を覚ました。決して清々しい目覚めとは言えない。昨日飲んだ酒がまだ少し残っている。以前の俺にはとても考えられなかったが、職を変えてから二日酔いは日常茶飯事になった。ぼうっとする頭でテレビの電源を入れると、アナウンサーが今日が最終日であるというニュースを伝えていた。そう、今日から硬貨と紙幣の使用が禁止になるのだ。最も、それらを未だに保持してるのは一部のマニア位だろう。俺自身、生まれてこの方お金を見たことがない。
五十年前には貨幣が現実に存在していたと歴史で習った。実際俺の親も硬貨くらいなら見たことがあると言っていた。貨幣を駆逐したのは、e-クレジットが登場してからだった。e-クレジットは、クレジットカードと電子マネーの両方を併せ持ったものだと良く説明されているが、電子マネーを知らない俺にとっては正直どういうものかよく分からない。物心ついた頃には既に俺専用のe-クレジットを持っていたし、そこに毎月一定額のお小遣いが親から振り込まれていた。欲しいものがあればそこから買ったし、お使いを頼まれた時は、必要額がちゃんと後から振り込まれた。事前振込みも、事後振込も自由自在だ。実質、画面上の数値の上下で俺たちは「お金」を意識する。
以前は預金残高が幾らあると自慢する人間が居たらしいのだが、e-クレジットの照会機能により、誰もその点で嘘がつけなくなった。誰もがどれだけ貯蓄していて、どれだけ散財してるのかが一分も経たずに分かるからだ。その分、自分と価値観が一致してる相手を探しやすくなったとも言える。俺も、若い時はそうやって何度も照会された事がある。今となっては懐かしい思い出だ。
その時知り合った妻とは今離れて暮らしているが、単身赴任なので仕方があるまい。お互い、離れてはいるものの、何を買ってるかとかどこに行ったかをオンライン経由でチェック出来るので、思った以上に距離感は感じては居ない。とはいえ、身近にない温もりを思い出すと、センチメンタルな気持にもなる。
菓子パンとコーヒーという健康にはあまり良くない簡単な朝ごはんを済ませて、会社に向かった。通勤途中にスマフォで最新のニュースと天気予報をチェックする。やはりトップニュースは硬貨禁止令だ。硬貨という非常に管理しづらい物で昔の人は良くお金を取り扱ってたな、と俺は思った。Wikiを見ると、硬貨を製造するだけでコストがかかるし、それが本物であるか否かをチェックする機構もなかなか面倒らしい。その昔、神社にお参りする時も硬貨を投げ入れるという習慣があったらしいが、今は全てe-クレジットで振込だ。最初は毎回手数料がかかっていたとか書いてあって、意外な感じがした。誰もが普通に使うこの仕組みから毎回お金を取るのはなんだか違和感を感じる。今は、毎年一定額の手数料が必要なだけだし、その額もジュース1本分まで下がってきている。今後も下がって、最終的にはほぼゼロになるだろう。
硬貨の概要を読みながら両替という概念があるという所まで進んだ所で、会社についた。続きは昼休みに読むことにしよう。
「おはよっす」
「おはよう」
「なあ、ニュース見たか。硬貨禁止令」
同じ単身赴任仲間の佑樹が聞いてきた。
「もちろん。今まで頑なに使い続けてる奴がいたんだな」
「だよなー。あんな不便な物を良く使えるよな」
「面倒な仕組みだって事に気がつくのにどれだけ期間が掛かったんだろうな。始まりは紀元前10世紀くらいとかWikiには書いてあったから、ざっと三千年か。人間の進歩は早いようで遅いんだな」
「うん。まあ、ネットが出来る前と後では大分違ったって俺の親父は言ってたけどな」
「ああ、オヤジ連中はいつもそれが口癖だよな。ネットなんて普通の物なのに、妙にありがたる癖があるというか」
「ホントにな」
「さて、雑談もこれくらいにしといて、さっさと今日の仕事を片付けるか」
「おう」
なんとかその日は定時までに業務を終わらせ、帰路につく。妻からダイレクトメッセージが入っていて、息子がテストで0点を取ってきてしょげてると書いてあったからだ。家についたら、メッセンジャーをつなげて、慰めることにしよう。次回テストで良い点を取ったら、e-クレジットにお小遣いを振り込むという約束もしなくちゃな。そんなことを考えながら俺は家へと足を早めた。
俺が、普通の、普段通りの生活をしてるその中で、お金は、硬貨と紙幣はひっそりとその姿を消した。歴史が書き換わるのは、案外こんなものなのかもしれない
なにこれぇ
久々に小説なんかを書いてみたりしました。特に深い意味やメッセージはありませんが、後五十年くらいしたら、こういう世界が来るかもしれないみたいな夢想を書きなぐってみたまでです。
実際に、e-クレジットなるものは存在しませんが、それに限りなく近い何かは既に現れつつあります。システム開始当初は手数料が掛かると思いますが、利用者が一定数を超えると、その手数料すら要らなくなる、そういうインフラになると僕は思っています。そういう日を一日も早くみたいな~とか思っています。
最後に、この長い文章を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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